2015年12月04日

「才能がある」ということ


こんにちは、高津和彦です。

今回は話し方の上達の直接の話題ではないですが、「上達する」視点から
見ると非常に関連した話です。

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いろんな会でピアノを弾くことがある。

やはり音楽があると場が盛り上がる。
それに、主催者が弾いてって言ってくれてるのだし。

だから僕は責任を感じて「聴かせ」ます。
最大限に。

なぜなら、ぼくを知らずに来ている人が、僕の演奏で気分が良くならなければ
何のために弾いたかわからない。
主催者に迷惑をかけることになる。
だから頑張る。

嬉しいことに、弾き終わって席に戻ると、何人か声をかけてくれる。
ありがとうって。
良かったって。
中には、音楽の才能ありますね、と言って下さる。
嬉しいことだ。

でも僕は、多少は才能かもしれないが、これは練習の成果だと思っている。
毎晩(というか朝かな)、2時3時まで弾くこともよくある。
それはピアノが好きだから。それで少しでもうまくなりたいから。
だからいっぱい練習してきた。
そしていろいろな人に教えを乞い、多くの場所で聴衆を前に弾く。
ちょっと勇気を出して。
100%、単に弾きたい弾きたいと思っているわけではないんです。
弾くからには「喜んでいただく」という結果を出さねばと思っている。

一方。

みんなすぐ「私は才能ないからだめだ」と言う。
「あの人は才能ある」。
「才能があったらいいんだけど」と言う。
で、ちょっとやってみただけで諦める。

才能とはそんなもんじゃない。


まだ何もやってないじゃないか!


ずっとずっと頑張ってきて、最高にできて「あ、私、才能あるわ!」
逆に、めちゃくちゃやって努力してきて、良くできてるのに「あ〜私、才能ない…」
なら許す。

今、さっきスタートしたばかりなのに。
少し出来なかったからといって、「オレ、才能ないから〜」なんて簡単に言うな。


100年早い!


以前、師事した先生が言った。今でも覚えている。

「生徒さんに対して、才能が無いなんて、そんなおこがましいことは絶対言えない。」

「その人がずっとやってきて、ある瞬間に隠れてた才能をパッと開花させること、いつもあった!」

「長く教えてきていろいろな人を見てきて、それがわかる。」


「こうなりたい!」と思って、失敗しても出来るまでずっと続ける。
そして、そうやっていて、できた時に、本当に満足した時に、
「あ、俺ってちょっと才能あったのかもしれない? ちがうかなぁ?」
くらいのものだ

それが「才能がある」ということだ。

才能は努力の上に開花する。
結果、才能があったんだ。

才能と言うカテゴリーを心から、頭から、外そう。


「話す」ということがまさにそうです。

posted by パブリックスピーキング・トレーナー高津和彦 at 17:10| トレーニング

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